三原葉子の思い出

日本映画界に1950年代後半から20年近くにわたりセクシー女王として君臨した女優「三原葉子」・・・・グラマー女優としてデビューした新東宝時代と、その後の彼女の女優人生を振り返ってみたい

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

肉体女優殺し 五人の犯罪者・・・・・その土俗的な魅力

五人の犯罪者1
「肉体女優殺し 五人の犯罪者」
三原葉子が1957年11月グラマー女優としてデビューした第一作目である。僕は大学1年の時、映画館でなくテレビの「まるまん深夜劇場」で見た。
このスチール写真ではB29の三原葉子対ゼロ戦の三ツ矢歌子という感じだ。



この映画は下の土俗的な魅力いっぱいの三原葉子のストリップシーンから始まる。
「肉感というよりは情熱と野生の塊のようなボリュームで、お上品な女優という世界のカラーを一変させた」三原葉子の原点なのだ。

五人の犯罪者2


この映画のプロローグのストリップシーンは、三原葉子が男のダンサーと愛しあっているシーンからはじまる。三原葉子の官能的な表情、美しい脚がたまらない・・・・・五人の犯罪者1

そこにライバルが現れ三原葉子はわきに押しやられ・・・・・五人の犯罪者2

三原葉子の後姿がセクシーだ。
三原葉子さんも後姿には自信があったようで、たくさんの後姿の写真を残している。
すこし寄り道をして三原葉子さんの後姿をご紹介しよう・・・
・・・・・この写真はこの映画の4年後の「駅前弁当」でのヌードシーンである。

駅前弁当1くびれた胴と、みごとなヒップ・・・・・どこをとってもセクシーの塊だ・・・・まさに裸の女王・三原葉子!!

そしてこの映画「五人の犯罪者」から15年後、「恐怖女子高校・女暴力教室」で女番たちに、愛人の息子役・名和宏とのセックスを強要される絹枝を演じる三原葉子さん 39歳のヌードシーンだ・・・・
女暴力教室2

女暴力教室

この写真も「恐怖女子高校・女暴力教室」と同じ年1972年に公開された「喜劇・セックス攻防戦」の貞操帯をつけてラブホテルのベッドにうつぶせになっているシーンだ。この熟れた体三原葉子さんは熟女王でもあったのだ!!13091001.jpg

後姿のスチール写真もう一枚。
1958年公開の「ヌードモデル殺人事件」のオールヌードで豊かで美しい乳房を魅せてくれるスチール写真だ。。
この作品については改めてあとで紹介するが、このとき三原葉子はヌード写真をたくさん残している。この写真のキャプションに「爛熟した大人のお色気を発散する情婦型グラマーノナンバー・ワン」とある。三原葉子はグラマー女優デビュー当時から熟女だったのだ。
一緒に掲載されている写真は、僕の中学時代のアイドル筑波久子だ。
三人のグラマー女優

三原葉子の後姿の素晴らしさの紹介で、ずいぶん話が横道にいってしまった。
話を元の「五人の犯罪者」に戻そう。
男を奪われ、あてつけにストリップテイーズする三原葉子

五人の犯罪者3

しかし、取り返そうと男に体を預ける三原葉子。こんな肉体美人に体を預けられて、ダンサーも心中穏やかでないだろう。
五人の犯罪者4

しつこく男にまとわりつく三原葉子。五人の犯罪者5

うるさいとばかりに三原葉子を平手ではたく男五人の犯罪者6

ライバルをピストルで撃つ三原葉子。三原葉子の怖い表情とりっぱな存在感のある肉体
五人の犯罪者7

勝ち誇る三原葉子。両手を後頭部にあてる三原葉子の得意のポーズがはじまった。
五人の犯罪者8

そう、「女体桟橋」でもみせたこのポーズだ!!
五人の犯罪者9

うっとりとした三原葉子らしい表情だ。
五人の犯罪者10

この怪しげな表情・・・
五人の犯罪者11

このシーンをみて、当時三原葉子ファンだった鈴木則文監督は下のようなシーンの演出を、いつかしてみたいと妄想したに違いない・・・・この僕だって三原葉子の映画を見て映画監督やヌードカメラマンになりたいと真剣に思ったものだ。
妄想2

その積年の思いを15年後に彼は一連のピンキーバイオレンス作品で実現する。藤木孝や外人タレントに三原葉子の乳房を思いのまま揉ませ、その表情をカメラに収めたのだ。
妄想1

つまり「肉体女優殺し・五人の犯罪者」は三原葉子の原点だったのだ。

参考:動画は以下をクリック!
http://aki373nori.blog.fc2.com/blog-entry-32.html




  1. 2013/09/08(日) 22:03:08|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

女体桟橋・・・・・・・その天衣無縫な演技

女体桟橋
「女体桟橋」
三原葉子をはじめて知ったのは当時のアダルト雑誌に掲載された「女体桟橋」のスチール写真だし、彼女をスクリーンで初めて見たのもこの映画だ。僕は三原葉子を知ってそれまでの女性観を一変させたのだ。


夫婦生活
僕が三原葉子に出会ったのは、学習塾の帰り道に本屋で「夫婦生活」という大人用雑誌(いまで言うアダルト雑誌)をめくっていると、上ページの写真が目に飛び込んできた。その当時は三原葉子さんの名前もまったく知らなかったが、僕は衝動にかられこの雑誌を買って帰った。

100万人のよる
この写真もこの頃「100万人のよる」に掲載された写真だ。いずれも「女体桟橋」のスチール写真だが上の写真とすこし違うようで、この写真のほうがよりすぐれているように僕は思う。
更にキャプションでつぎのような紹介文がある「一番あたらしいグラマー女優さん。 問題作『女の防波堤』で一挙に売り出した新東宝の三原葉子は、肉感というよりは情熱と野生の塊のようなボリュームで、お上品な女優という世界のカラーを一変させてつるある。ムンムンむせかえるようなこの肉の厚みに、対抗できる男性は誰だろうか?」・・・・なかなか見事な表現だ。
しかし、このポーズ、この表情はなんだろうか・・・・天衣無縫というか、乳首をかろうじて細いブラジャーで隠し、惜しげもなく豊満な肉体をカメラの前に晒し、美しくみせようなどという気持ちはみじんもなく、こわいものなしといった表情で微笑んですらいるのである。かといって彼女の豊満な肉体を誇っているようでもない。この肉体をわが物のように支配する男がいったい現れるのだろうか当時の思ったものだ。
彼女のブラジャーを引きちぎって彼女の乳房を・・・・・したい衝動に男なら駆り立てられるだろう。
十数年後、鈴木則文監督は「ピンキーバイオレンス映画」で、その男たちの思いに応えるように、名和宏、山城 新伍、藤木孝や外人タレント達が三原葉子演ずる熟女を襲い、衣服を剥ぎ取り、乳房をわしづかみにし、噛みつかせ、パンティを脱がすシーンを演出した。そうえば、鈴木監督がかって新東宝時代の三原葉子のファンであったことをインタビューで語っていたが、監督も僕と同じ衝動を新東宝時代の彼女に感じていたのだろう。

三原葉子出演の新東宝映画に必ずといっていいほど彼女のセクシーダンスのシーンがあった。セックス行為の表現が映画で禁じられていた時代、彼女は踊りながらエクスタシーの表情を浮かべ、しかるべきポーズをとることによってセックス行為を表現したである。
女体桟橋3
女体桟橋2
女体桟橋3
男を誘うようなこの表情とポーズ。
グラマー女優デビュー2作目の「女体桟橋」で、その後十数年にわたってセクシー女王の名を欲しいままにした彼女の活躍を予見させるのに十分である。

女体桟橋6
このポーズなど、まさに男の体を受け入れるセックス行為そのもだ。

女体桟橋4

上の三原葉子の紹介文から彼女が東映のピンキーバイオレンスで活躍していたころの雑誌記事だということがわかる。今にもダンスウェアからはみ出そうな巨乳が男を悩殺する・・・・・・

三原葉子は先に紹介したような映画のスチール写真をたくさん残したが、たくさんのピンナップ写真も新東宝時代に残している。しかも後に出演するピンキーバイオレンスで見せたセックスシーンで表情をピンナップ写真ですでに見せている。つまりピンナップが彼女にとって、いわばセックス行為を表現する媒体だったのだ。
以下の写真は新東宝時代の代表的なピンナップ写真と、1972年12月公開の「エロ将軍と二十一人の愛妾」の一シーンである。名和宏に巨乳を右手でわしづかみにされ、左手でなんと股間をもまれ喘ぐ表情と、新東宝時代のピンナップ写真の表情をとくと比較してください。
新東宝時代とピンキーバイオレンス_1



下の写真は僕が大学4年の時、僕が2番目に手に入れた三原葉子の写真で、実話雑誌の特集号に掲載されたいた。これもたまたま女体桟橋のスチール写真だ。
太めだがくびれた胴、豊かな腰から細い脚の線が実に美しい。肩までたらした長い髪の毛、ビキニスタイルながらなぜか履いているハイヒール、なにをとってもセクシーだ。
女体桟橋5





  1. 2013/09/04(水) 22:52:49|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
前のページ

最近のコメント

三原葉子の思い出

三原葉子の思い出

現在の閲覧者数:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。